山梨商店のほうじ茶作りと今お茶の価格が下がる背景とは【静岡県・静岡市】
静岡は有名なお茶の産地であり、全国から様々なお茶が集まるお茶の集積地でもあります。そんな静岡市にある「山梨商店」はお茶の仕上げや火入れを生業とする製茶問屋。ほうじ茶や発酵茶など香り豊かなお茶づくりをしており、発酵茶「La香寿」は世界緑茶コンテンストで金賞を受賞し、世界で名品として認定されました。
この記事では、ほうじ茶や発酵茶の魅力、高級茶を作る生産者が直面している現状など、山梨商店取締役の山梨宏之さんのインタビューも交えてお伝えしていきます。
目次
製茶問屋山梨商店とは
山梨商店は静岡県静岡市葵区にある製茶問屋です。お茶の高温度製造を得意としており、ほうじ茶や煎茶の製造をしています。
ほうじ茶の製造は、何百度もの高温で焙煎するという極めて特殊な技能の為、ほうじ茶製造業者は多くはありません。静岡県内には約500店舗のお茶屋がありますが、ほうじ茶製造業者はその内の約15店舗のみ。静岡市内となると、お茶屋は約120店舗あり、ほうじ茶製造業者はその内の約5店舗。全国規模でみても、ほうじ茶製造業者は約50店舗しかありません。
現在、静岡市では5店舗のほうじ茶製造業者が集約的にほうじ茶の製造をしています。ほうじ茶製造業者は一店舗あたりの生産能力が高く、山梨商店では一日に1000キロ、一人あたり2グラム分飲むとすると50万人分のほうじ茶を製造しできるのです。こうした生産能力の高さから静岡市内では5店舗あれば、ほうじ茶を委託して製造する分には十分賄うことができます。
ちなみに玉露屋も少なく静岡に5店舗程度しかありません。
山梨商店の発酵茶La香寿とは
山梨商店のLa香寿(ラ・コウジュ)とは日本発の酵素発酵茶です。人工香料を一切使用せず酵素発酵のみで、まるで果実のように甘い香味を生み出しました。その類まれな品質の高さは世界緑茶コンテンストで金賞を受賞、世界で名品として認定されています。
「La香寿」は製造方法で特許を取得しています。しかし、これは製造を独占する為ではなく他者に特許を取得されてしまい自分の活動が制限されてしまうことを危惧した上での特許取得であり、特許は公開しています。
「La」はフランス語で女性名詞の定冠詞を指しており「La香寿」という名称には「若い女性が楽しんでくれるように」という願いが込められています。また中国の西南部にあるお茶の原産地ではお茶のことを「La」とも言い表すそうです。
山梨商店のお茶はネット販売や小売店舗Baby Leafにて購入できます。また山梨商店のお茶の一部は、日本平夢テラス2階カフェラウンジでやしずチカ茶店一茶でも購入できます。
▲山梨商店のお茶の小売店「Baby Leaf」▼
製茶問屋とは
製茶問屋とはお茶の仕上げ、火入れ、製造といった作業を担う茶業者のことです。
お茶が製品として仕上がるまでには幾つかの工程があり、最初は農家が茶畑から生葉を収穫するところから始まります。農家は収穫した生葉を水分5%程度の保存可能な状態にします。この状態を「荒茶(あらちゃ)」といいます。農家は荒茶を問屋に卸売りしてお金に換えます。
農家が荒茶より先の工程の作業を手掛ようにも、収穫時期は刈り取らなければならない生葉が後に大量に控えており、作業が追い付かなくなってしまうのです。その為、ここから先の「仕上げ、火入れ、製造」といった作業は問屋が引き継ぎます。
お茶作りは、農家から問屋へとリレー方式で進められていくのです。
山梨商店のほうじ茶作り
山梨商店ではほうじ茶を製造する際、原料となる茶葉にセラミックを混ぜた状態にして機械で高温度焙煎します。
セラミックのもつ高い熱伝導効果を利用することで、内部から効率よく熱を加え水分を0%にします。原理としては石焼芋や焼き栗を炒る際に石を使うのと同じで、細胞壁を爆発するように一気に剥がし糖質を解放させます。(混ざったセラミックは後工程で分離します)
この過程はポップコーンと似ており、高温で熱することで茶葉が3倍から4倍の大きさに膨れ上がり、細胞膜が割れて甘みが出てくるのです。
ほうじ茶製造工場の煙突から出ている煙はタンクに集められ、水のシャワーをかけて網で濾し煙の残りカスを収集します。この残りカスは発酵状態にあり、そのまま肥料として使用可能です。ほうじ茶の製造工程で最終的に出るゴミは茶袋くらいしかありません。
▲右が出来上がったほうじ茶。左の製造工程で生じた残りカスは肥料として使う。
インタビュー:ほうじ茶の魅力とお茶の価格は下がる理由
山梨商店取締役の山梨宏之さんにお話を伺いました。
ほうじ茶とは
–ほうじ茶について教えてください。
ほうじ茶には「ピラジン」という血行を良くする作用をもつ成分が含まれています。その為、ほうじ茶は冷え性の多い女性や、北海道などの特に寒い地域にお住いの方に好まれています。ピラジンは麦茶やコーヒーにも含まれていますよ。
また低カフェインなので、就寝前に飲むお茶にも適しており、幼児にも安心して飲ませることができます。
手作業で茶葉を焙煎してほうじ茶作りを体験
ほうじ茶の香味は使用する原料によって大きく変わります。どのように変わるのか、実際に手作業でほうじ茶の焙煎をやりながら説明しましょう。
左上が1番茶です。1番茶とは4月5月の新茶時期に収穫されるお茶のことであり、一般的に高級茶に分類されます。一番茶には「みるい芽」と硬い葉が混在しています。「みるい芽」とは旨味成分を多く含んだ部位を指し、お茶の品質の良さを示す一つの指標になります。「みるい芽」はこれから伸びようとしていた芯であり、炒られることで膨れ上がり一気に伸びます。
右下が秋番茶です。秋番茶とはその名の通り秋口に摘んだお茶のことであり、一般的に安価なお茶に分類されます。茶葉には硬い葉が多く、これは越冬の為に糖分を蓄え硬くなっているのであり、炒ってもあまり膨れません。
▲左上が1番茶。右下が秋番茶。
▲分量はどちらも3グラムずつ取り、火にかけます。
左が1番茶の焙煎前、右が1番茶の焙煎後です。
焙煎することで茶の茎の部分が膨れ上がり大きくなっているのが分かりますね。
続いて左が秋番茶の焙煎前、右が秋番茶の焙煎後です。硬い葉の部分は炒ってもほとんど大きさは変わりません。
こうして見比べると、焙煎することによって茶葉がどのように変化するのかよくわかりますね。それではテイスティングをしてみましょう。
左側上が1番茶煎茶、左側下が1番茶ほうじ茶です。
右側上が秋番茶煎茶、右側下が秋番茶ほうじ茶です。
–1番茶のほうじ茶は、旨味のある香ばしい感じがします。秋番茶のほうじ茶は甘味と香ばしさが強いように感じます。
1番茶に多い「みるい芽」にはタンパク質が含まれており、炒ることでアミノ酸の旨味成分が出ます。秋番茶に多い硬い葉は糖を蓄えており強く炒れば甘味が出ます。ですから一番茶のほうじ茶は旨く、秋番茶のほうじ茶は甘いのです。
ちなみに深蒸し茶が甘いのは、長い時間かけて茶葉を深く蒸すことにで、より糖が出やすくなるからです。
では今度は3種類のほうじ茶をテイスティングしてみましょう。左が100グラム200円のほうじ茶、真ん中が100グラム500円のほうじ茶、右が100グラム1000円のほうじ茶です。
–左は甘味が強いです。右は旨味が強いですが、甘みはあまり感じません。真ん中は甘味と旨味がバランス良く感じられます。
左の100グラム200円の茶葉は、糖を蓄えた硬い葉が多いので強く炒ることで甘味が出ます。右の100グラム1000円の茶葉は、タンパク質が多く含んでいる「みるい芽」が多いので炒ることで旨味が強く出ます。真ん中の100グラム500円の茶葉は硬い葉と「みるい芽」が混在しているので、炒ることで甘味と旨味が両方出ます。
ほうじ茶の原料に、硬い葉と柔らかい「みるい芽」が混在している番茶を使用するのは、炒った際に出てくる旨味や甘味をバランスよく組み合わせて、香味豊かなほうじ茶を製造する為です。
お茶の魅力は炒り方次第で活かされも消されもします。私達は目の前の番茶のポテンシャルが最大限に発揮されるように、その時々に応じて炒り方を変えているのです。
何故お茶の価格は下がるのか
–2004年より茶の価格が下がり続けています。何故お茶の価格は下がるのですか?
世界のお茶の生産量は約700万トンあり、そのうちの6~7割が紅茶です。日本のお茶の総生産量は8万トンで内訳は、半分の4万トンが急須で淹れるリーフ茶、残りがペットボトル茶とティーバッグ茶と茶パウダー(粉末茶)です。
ほうじ茶の全体的な需要の内訳は、リーフのほうじ茶、ペットボトルほうじ茶、ほうじ茶ティーバッグ、ほうじ茶パウダーと分かれています。
茶パウダーの需要の内訳は、あるメーカーによると、ほうじ茶パウダーが最も需要が高く、飲料としての他にエアコンの消臭剤としても使用されています。2番目が玄米茶パウダー、3番目が回転寿司などに置かれている緑茶パウダーになります。ちなみに回転寿司の粉末茶の美味しい飲み方は、かき混ぜて上澄み液を飲むことです。その部分が最も美味しいと思いますよ(笑)。
茶パウダーは茶殻と同じです。そもそも大量に摂取することができません。せいぜい0.5グラムまで、2グラムが限界でしょう。鶏ガラスープだって、美味しいからといって鶏ガラまでは食べませんよね。
一方で、急須でお茶を淹れる際に必要な茶葉の量は1度に3グラム程度です。つまり茶パウダーはリーフ茶の4分の1以下の量しか必要としないのです。
お茶の抽出方法においても同様のことが起こっています。現在では、お茶を5~6煎以上に渡って根こそぎ抽出させる製法が確立しているのです。この製法はマニュアル化され、設備さえあれば場所を選ばず均一な品質で根こそぎ抽出が可能であり、ペットボトル茶の製造に用いられています。
これに対して急須で淹れるお茶の場合は、抽出できても多くて2~3煎です。
つまりパウダー製法や根こそぎ抽出製法などの技術革新により、少量の茶葉でも十分に活用できるようになり、全体としてお茶そのものが多くは必要なくなったのです。日本でお茶を8万トン生産したところで、現状は6万トンもあれば足りてしまいます。結果として供給過多になりお茶の価格は下がるのです。
何故高級茶は売れなくなったのか
–高級なお茶が売れなくなっているのは何故なのでしょうか?
今から40年前にペットボトルのお茶は生まれました。発売当初のペットボトル茶の内容は煎茶とほうじ茶の混合でした。ほうじ茶の焙煎は高難度の技術なので、ペットボトルメーカーが自社では行えず、私達のようなほうじ茶の焙煎をする茶業者と提携し、共にペットボトル茶を製造したのです。その後、ペットボトル茶の需要は増え続け、ほうじ茶焙煎の仕事も増えていきました。
現在では、ペットボトル茶を専門に製造する会社もあります。原料に安い番茶を使用し、強い火入れで焙煎してペットボトル茶に仕上げるのです。こうしたペットボトル茶の普及が、実は国民に大きな影響をもたらしています。知らないうちに強い焙煎に、すなわちほうじ茶の味に慣れてしまっているのです。
これらの味覚への影響は無関係ではないでしょう。最近ではもう急須で淹れたお茶よりもペットボトル茶やティーバッグ茶、粉末茶が好まれる傾向にあります。だから高級茶が売れなくなってきているのです。
高級なお茶を作っても売れないから安いお茶を作る、と既に生産者のシフトが起こり品質的レベルの高いお茶が減少しています。今後の生産者は「高級」か「格安」の2つしか残らないかもしれません。一般的なお茶を作る茶農家が生き残るのは難しいと思います。
悲しいことですが、今後も技術革新は続き、良いとされる煎茶は減少し続けるでしょう。生産者が素晴らしいお茶を作っても報われずに苦しんでいるというのには、そうした背景があるのです。
鎌倉時代からほうじ茶は飲まれていた
日本でのお茶の歴史は約800年。初めてお茶の痕跡が発見されたのは鎌倉時代になります。このことから聖一国師達が、日本にお茶を持ち込んだのは確かなようです。
1837年に永谷宗円がお茶を蒸して作る製法を編み出すまでは、多くは番茶として飲まれていました。つまり、ほうじ茶は800年前から飲まれていたことになります。
私は昔、山村で働いていたことがあるのですが、休憩時はヤカンの中に火で炙った茶葉を入れて、ほうじ茶として飲んでいたのですよ(笑)。
お茶とは本当に不思議な生き物です、PH3の土壌でも生きられる生命力がある(※土が酸性かアルカリ性かは、一般にpHという指数で示され0~14の数値で表します。pH7が中性で、それより小さな数値は酸性、大きな数値はアルカリ性です。PH3は強い酸性の土壌であり作物には厳しい環境です。多くの作物はPH6.0~6.5の弱酸性の土壌でよく育ちます。)
そんなお茶を急須を用いて1煎2煎だけ抽出して飲み、残りは捨てるというのは、とても贅沢で文化的な飲み方だと思います。確かに勿体ないかもしれないけどね(笑)
「お茶は急須で淹れて飲むことが正しい飲み方」だと言うつもりはないですが、そうした文化がなくなっていくというのは寂しく感じるよ。きっと、現在よりも昭和を生きた人々の方がハイレベルなお茶を飲んでいたでしょうね。人類が培った技術によって文化的には逆行しているとすれば皮肉なことです。
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山梨商店の情報・購入方法・お茶体験・小売店Babyleaf
住所 | 〒420-0071静岡県静岡市葵区一番町80 |
ホームページ | http://yamacha.jp/ |
電話番号 | 054-252-0503 |
電子マネー・カード決済 | 未対応 |
営業時間 | 8:00~17:00 |
定休日 | 土日 |
駐車場 | あり |
アクセス | バスの場合
藁科線 谷津ターミナル行
安西四丁目(バス)
車の場合 東名静岡インターより車で15分 |
山梨商店のお茶の小売店Baby Leafの情報
住所 | 〒420- |
ホームページ | https://www.rakuten.co.jp/babyleaf/ |
電話番号 | 054-263-1710 |
電子マネー・カード決済 | 対応済み |
営業時間 | 10:00~17:00 |
定休日 | 土日 |
駐車場 | あり(2台) |
アクセス | バスの場合
JR静岡駅よりしずてつバス 「こども病院線」乗車 車の場合 千代田I.Cより流通センター通り経由約5分 |
この記事を書いた人 | Norikazu Iwamoto |
経歴 | 「静岡茶の情報を世界に届ける」を目的としたお茶メディアOCHATIMES(お茶タイムズ)を運営。2021~23年に静岡県山間100銘茶審査員を務める。静岡県副県知事と面会。お茶タイムズは世界お茶祭りHP、お茶のまち静岡市HP、静岡県立大学茶学総合研究センターHP、農林水産省HPで紹介されています。地元ラジオやメディアに出演経験あり。 |
英訳担当 | Calfo Joshua |
経歴 | イギリス生まれ育ち、2016年から日本へ移住。静岡県にてアーボリカルチャーを勉強しながら林業や造園を務めています。カルフォフォレストリーを運営。日本の自然を楽しみながら仕事することが毎日の恵み。自然に重点を置く日本の文化に印象を受けて大事にしたいと思ってます。 |