相藤園が世界に証明した川根茶の価値と茶産地への想い【静岡県・川根茶】
日本茶を生産する茶農家がその出来栄えを競う茶品評会。その中でも、最高の栄誉とされるのが全国茶品評会の農林水産大臣賞です。令和4年、静岡県川根本町にある川根茶農家「相藤園」が全国茶品評会で農林水産大臣賞を受賞しました。「相藤園」は第13回(2021年)国際名茶品評会でも大賞、第14回(2023年)では金賞を受賞し、そのお茶の価値が世界的に認められています。今回は相藤園4代目園主である相藤令治さんが直接呈茶してくださる川根茶園喫茶「炬籐里(ことり)」を取材をしました。
この記事では、「相藤園」の川根茶作りや、茶業界の厳しい現状に立ち向かう川根茶農家の姿勢について、相藤園の園主である相藤令治さんのインタビューを交えてお伝えします。
相藤園とは
「相藤園」とは、静岡県川根本町元藤川に位置する自園自製自販の茶農家です。現在の園主は4代目となる相藤令治さん。
令和4年、全国茶品評会において、相藤園は最高の栄誉である農林水産大臣賞を受賞しました。さらに、国際名茶品評会でも第13回で大賞、第14回で金賞を連続して受賞し、その卓越したお茶作りの技術と熱意が世界的に認められました。
▲各種の品評会で、数十回にわたる受賞歴があります。
叔父の相藤良雄は手揉みの永世名人
製茶機械が存在しない時代には、茶師と呼ばれる専門職の人々が手作業でお茶を揉んで仕上げていました。相藤令治さんの叔父である故相藤良雄さんは手揉みの技術を競う大会で7年連続優勝し、ついには手揉みの永世名人に認定されました。(※手揉みに関しては山平園の記事を参照してください)
相藤園のお茶の紹介
相藤園が所在する静岡県川根本町元藤川は、南アルプス間岳(あいのたけ)を源とする大井川中流域に位置しています。1年を通じて寒暖の差が激しいこの土地で生産されるお茶は「川根茶」として知られており、「滋味(じみ)」と呼ばれる爽やかな香味が楽しめる銘茶です。全国的に生産量も少なく高級茶として高く評価されています。
希少な川根茶の中でも、相藤園の川根茶は特に高い評価を受けています。その卓越した品質は、茶品評会での受賞歴だけでなく、東京への交通手段がない時代に、相藤園が東京日本橋のお茶屋と取引を行ったという実績にも表れています。
ここでは、そんな相藤園の川根茶を少しだけご紹介いたします。
▲相藤令治さんより4代前の曾祖父が、東京のお茶屋さんと取引をしたお茶の仕切り書。明治の終わりから大正の初期のお茶の値段が読み取れます。
煎茶~月の光~
相藤園が伝統的な製法で手掛けた浅蒸し煎茶。1煎目は低めの温度で抽出し、爽やかな滋味や甘味、トロリとした繊細な口当たりを楽しむことができます。2煎目と3煎目では温度を上げて抽出し、徐々にスッキリとした渋味が現れ、やがて爽やかな後味へと変わっていきます。
国産川根紅茶
優しい味わいと華やかな香りが特徴的な相藤園特製の和紅茶。ストレートティーでその天然の甘味を楽しむことがおすすめです。フォーレなかかわね茶茗舘でカフェメニューとして提供されています。
インタビュー:世界に認められた相藤園のお茶作りと川根茶ブランドの現状
相藤園の4代目園主である相藤令治さんにお話を伺いました。(右側が奥さんの佐枝子さん。左側が息子の裕次さん)
40年以上に渡ってお茶づくりに取り組む相藤園。お茶づくりに大切なのは「茶葉がどれだけ養分を吸収してくれるか」
–相藤園のお茶づくりについて教えてください。
お茶づくりには私なりの経験が40年以上もあります。これまで数多くの試行錯誤を重ね、どんな方法が美味しいお茶を作るのに役立つのかを探り続けてきました。そのため、農林水産省の金子武さんのところには何度も足を運びました。
私の経験から言えるのは、高品質なお茶を育てるにはいくつか重要な要因があるということです。その中でも特に注目すべきポイントは「茶葉がどれだけ養分を吸収できるか」です。この重要なプロセスの一部として、「化粧慣らし(けしょうならし)」という作業があります。化粧慣らしは、かまぼこ型の茶の株面から突き出た葉や枝を取り除く作業を指します。
余計な部分を取り除くことで、根から吸収した養分が茶の葉に効率よく行き渡るのです。この「化粧慣らし」は行うタイミングが非常に重要で、早すぎても遅すぎてもいけません。
長年にわたる茶農家としての経験と知識を基に、茶の生育状態や気象条件などを注意深く観察し、最も適切なタイミングで作業を行います。
近年、全国的にもそうでしょうけれども、川根地域の茶の生育環境が大きく変化しています。私は40年以上にわたり茶農家としての経験を積んできましたが、これらの変化によって、施業のタイミングなどの判断が難しくなってきていることを強く感じます。季節の訪れが異常に早かったり、逆に遅かったりすることもあります。
美味しいお茶の源となる相藤園独自の肥料配合
美味しいお茶を作るためには、肥料も非常に重要です。相藤園で使用しているのは「ぼかし肥料」と呼ばれるもので、米ぬかや魚、動物質、菜種粕などの有機物に土や籾殻などの微生物を加えて発酵させたものです。
この「ぼかし肥料」は、茶樹を丈夫に育て上げ、美味しいお茶を作る重要な要素だと考えています。地球環境にも優しく相藤園の美味しいお茶作りの秘訣の1つであるこの肥料に辿り着くまでには多くの試行錯誤がありました。
過去には、魚屋さんから提供していただいた魚のアラを発酵させてアミノ酸肥料を作っていたこともあります。当時は現代のような運送手段や冷蔵庫が存在しない時代で、魚屋さんを1軒1軒回っていました。
大量の魚のアラを扱う中で、その強烈な匂いが体に染み付いてしまって、匂いを洗い落とすまで家の中に入れてもらえない日々もありましたね(笑)。
–現在に至るまでには、本当に地道な努力の積み重ねがあったのですね。
お茶の試し揉みを通してその年の出来栄えを感じ取る。そしてお茶の収穫期へのぞむ
茶の収穫期が近づいてくると、茶園から少量の茶葉を摘み取り、手揉みで試し揉みを行います。この最初の製茶でその年に育った茶葉の出来栄えを感じ取るのです。収穫期が始まる前に、この試し揉みの作業を行っている茶農家は、川根でも相藤園以外にはほとんどないと思います。
▲ステンレス製の相藤令治オリジナル手もみ製茶ほいろ
本格的な収穫期に入ると、工場で茶葉の加工作業が始まります。午前中に茶園から刈り取った茶葉を工場で加工していきます。相藤園の製茶は、鮮度を特に重視していますから、茶葉の収穫と製茶加工のバランスに注意して収穫しています。
ですから、一日に加工できる量だけを収穫して、全てその日のうちに煎茶に加工します。こうした手間をかけるからこそ、山間地ならではの香りと味が楽しめる相藤園の川根茶ができるのです。
品評会には必ずその名を連ねる銘茶川根茶。しかし、その知名度が急速に低下している背景とは
–川根の茶農家はお茶の品評会での受賞に必ずと言っていいほど名を連ねていますね。皆さんは交流を持たれているのでしょうか?
ありますよ。この地域には品評会で名を連ねる素晴らしい川根茶農家がお互いを尊敬し、切磋琢磨し合っています。
相藤園の近くには松島園という川根茶農家があります。松島園の園主である川崎さんが作る川根茶も実に素晴らしい。また、親戚の相藤農園も近くにあります。相藤農園の園主は私の従弟の子にあたります。相藤農園も素晴らしい川根茶を作りますよ。
こうした品評会で受賞するほどの品質をもつ川根茶ですが、現在その知名度が急速に低下しています。きっかけとなったのは、おそらく産地表示改訂の問題ではないかと思います。
ひと昔前、川根茶と言えば日本茶の中でも高品質なお茶として認知されていました。パッケージに川根茶と表示されるだけで、お茶の売り上げが伸びたほどの時代がありました。
そんな中で、ごく僅かばかりの川根茶を合組(異なる生産時期や場所、蒸し具合の異なる荒茶(荒茶:製茶問屋が買い取りお茶に仕上げる前の生の茶葉)を組み合わせる伝統的な製法。複雑で奥行きのある香味のお茶に仕上げることができる)しただけで川根茶と表示し販売するといった手法が出てくるようになりました。
「銘茶」と謳われる茶産地の知名度を悪用する販売手法は許されないという意識が広まり、いつしかそうしたやり方が世間から非難を受けるようになりました。
そして「茶産地を守る必要がある」として産地表示の改訂が提案されたのです。
新たに設けられたルールは「お茶の産地名をパッケージに表示する場合には、その産地の茶葉が51%以上含まれていなければならない」というものでした。
しかし、川根茶は品質は良いものの生産量が極めて少ない希少なお茶です。国内生産量の内訳を見ても、川根茶が占める比率はわずか数%しかありません。ルール改訂後、ほとんどのお茶が川根茶の名前を表示できなくなり、市場からその姿を消しました。結果として、川根茶は知名度の低いコアな産地銘柄になったのです。
改訂が逆効果となり、もともと600ヘクタールしかなかった川根茶の栽培面積も現在では半分以下。今となっては、川根茶を知っている人の数も最盛期の25%ほどにまで減りました。
昔は、良質なお茶を生産することで収入を確保し、次の年につなげることができました。しかし、現在では茶市場の荒茶価格が低すぎて、生産者は十分な収入を得ることが難しい。そこで、茶農家たちはどうやって生計を立てるかを考えています。
その答えの一つとして、小売業や喫茶を営むことを選びました。現実的に、自分でお茶に価格をつけて販売する以外に自分たちの身を守る方法はないと思います。ただ正直にいうと、私はもっとお茶の栽培と製造に専念していたかった。
相藤園茶園喫茶「炬籐里(ことり)」から届けるお茶の寄りそう日常
–相藤園では喫茶も開かれているのですか?
はい。本物の川根茶を楽しんでいただきたい、そして川根という地域の魅力も知っていただき川根と川根茶のファンを増やしていきたい。そうしたコンセプトのもとに相藤園では川根茶園喫茶「炬籐里(ことり)」を立ち上げました。
(※川根茶園喫茶の開縁スケジュールは決まっています。必ず事前に確認して下さい)
炬籐里(ことり)は体験型の喫茶です。茶葉と茶器一式はこちらで用意しますので、お客様自身でお茶を淹れ、本場の川根茶の香りと味わいをご堪能いただけます。
令和4年の夏にはティーテラスも設置しました。大井川沿いの壮大な自然や雄大な鉄道の景色を楽しみながら、お茶を楽しむことができると、多くのお客様から好評をいただいています。
注:残念ながら、相藤園のティーテラスから見える大井川鐡道は家山駅から千頭駅まで運休しています(2023.11.1現在)。
初めて相藤園の川根茶を味わう方は「今まで飲んできたお茶の味と全然違う」と驚かれることでしょう。
–美味しい。まるで舌の上で微かに泡立つような甘味と旨味。これが川根茶特有の滋味(じみ)なのですね。
一般的に煎茶は1煎目に美味しさが凝縮されます。川根茶を2煎目や3煎目と淹れていくと、徐々に普段皆さんが飲んだことのあるお茶の味に近づいてくると思います。
こちらは「すすり茶」といいます。品評会入賞茶を水に浸してじっくりと抽出するお茶です。一般ではなかなか出会うことのない、贅沢なお茶ですよ(笑)。
–この香りと味は凄いですね。美味しい。
百聞は一見にしかず。実際にご自身で川根茶の香りと味わいを体験していただくことが一番です。特に若い世代の方々にとって、川根茶の最初の1煎目の味わいは、まったく新しい味に感じることでしょう(笑)。
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相藤園の情報・購入方法
住所 | 〒428-0311 静岡県榛原郡川根本町元藤川160
※茶農家に訪問する際には必ず事前予約をしてください! |
ホームページ
購入方法 ツアー情報 |
https://aitouen.com/
(相藤園のお茶はHPからも購入できます) (写真を提供していただいた二本柳さんの経営するツアー会社) |
電話番号 | 0547-57-2693 |
電子マネー・カード決済 | ホームページはカード決済可。店頭では現金のみ。 |
営業時間 | 問い合わせ |
定休日 | サイトより確認、もしくは問い合わせ |
駐車場 | あり(少数台) |
アクセス | 所要時間: 国一バイパス向谷ICより車で約60分 最寄り駅: 大井川鐵道・駿河徳山駅より車で約5分 |
この記事を書いた人 | Norikazu Iwamoto |
経歴 | 「静岡茶の情報を世界に届ける」を目的としたお茶メディアOCHATIMES(お茶タイムズ)を運営。2021~23年に静岡県山間100銘茶審査員を務める。静岡県副県知事と面会。お茶タイムズが世界お茶祭りHP、お茶のまち静岡市HP、静岡県立大学茶学総合研究センターHP、農林水産省HPで紹介される。地元ラジオやメディアに出演経験あり。 |
英訳担当 | Calfo Joshua |
経歴 | イギリス生まれ育ち、2016年から日本へ移住。静岡県にてアーボリカルチャーを勉強しながら林業や造園を務めています。カルフォフォレストリーを運営。日本の自然を楽しみながら仕事することが毎日の恵み。自然に重点を置く日本の文化に印象を受けて大事にしたいと思ってます。 |