茶屋すずわが導く、選ばれたお茶と合組の技。香りと味わいが広げる日本茶の奥行き【静岡県・静岡市】

静岡県は、日本有数のお茶の産地であり、全国から茶葉が集まる流通の中心地でもあります。静岡駅から北西へ約1.5kmの場所にある「茶町」には、静岡茶市場が位置しています。新茶の時期には、多くの茶問屋が取引を行い、活気に満ちた賑わいを見せます。
今回取材したのは、その静岡茶市場から徒歩約10分の場所にある「鈴和商店」。創業170年以上の歴史と伝統に支えられた、高度なお茶づくりの技術を持つ老舗茶問屋です。工場に併設された店舗「茶屋すずわ」では、直接お茶を購入できるほか、SNSを活用した情報発信にも力を入れ、多くの人々にお茶の魅力を伝える活動を積極的に行っています。
この記事では、「茶屋すずわ」が目指す現代のお茶屋のあり方や、日常の暮らしを豊かにするお茶の楽しみ方について、鈴和商店6代目・渥美慶祐さんへのインタビューを交えながらご紹介していきます。
茶屋すずわとは
「茶屋すずわ」は、2019年に茶問屋・鈴和商店の茶工場に併設されたお茶屋です。運営元の鈴和商店は、嘉永元年(1848年)創業という長い歴史を持つ老舗で、江戸時代から170年以上にわたりお茶づくりを続けてきました。現在の代表は、6代目となる渥美慶祐さんです。
▲「茶屋すずわ」を営む鈴和商店は、高度な製茶技術により数々の賞を受賞しています。
長年、鈴和商店は主に卸売業を営んでおり、小売には注力していませんでした。しかしその間も、一般のお客様が直接お茶を求めて訪れることが度々ありました。そこで、以前は駐車場として使用していたスペースに店舗を設け、お客様を迎える場所として整えたのが「茶屋すずわ」のはじまりです。
店内はケルト文化を思わせる独特の雰囲気を持ち、一見するとお茶屋とは思えない趣。茶屋すずわオリジナルブレンドのお茶や渥美さんが厳選した作家の茶器が並びます。
茶屋すずわに置かれている茶器はすべて、渥美さんが実際に使用し、気に入ったものばかり。気に入った作家には特注のオーダーを依頼することもあり、現在では10名以上の作家による作品が展示されています。
また、店内の一角には、趣のある茶器が並ぶ棚があり、そこには渥美さんの私物が飾られています。渥美さんは、クラフトイベントや個展などに足を運ぶたび、魅力的な茶器に出会うと、思わず購入してしまうそうです。そうして集めたお気に入りの茶器の中から、いくつかをインテリアとして店内に展示しているとのことです。
▲渥美さんの私物が飾られた棚(売り物ではありません)
茶屋すずわのお茶の紹介
茶屋すずわでは、合組茶(合組とは、茶師の伝統技術で、異なる産地の茶葉を配合し、複雑で立体感のある香味を引き出す技法。ブレンドとも表記されます)から、単一品種・単一産地のシングルオリジン茶まで、幅広い種類のお茶を取り扱っています。
オリジナリティあふれるイラストパッケージのお茶は、茶屋すずわオリジナルブランドとして展開されており、お茶の素晴らしさを広めるために誕生しました。なかでも「お茶の時間の贈り物」シリーズには、「お茶の情景的な部分も楽しんでほしい」という渥美さんの想いが込められています。
コンセプトは「人々の暮らしに寄り添うお茶」。こだわりの合組茶は、日常に彩りを添える素敵な一杯となるでしょう。ここでは、茶屋すずわのお茶の一部をご紹介します。
【いつものとき】めざめのお茶
最高の一日の始まりにぴったりなお茶です。「大切な一日を爽やかな気分で始めてほしい」という想いのもと、静岡市・安倍川流域の煎茶、香り高くほのかな渋みのある天竜産の煎茶、そして芽茶が合組されています。
香りと味わいのバランスが良く、すっきりとした飲み口が一日のスタートを爽快に彩ります。茶葉タイプとティーバッグタイプの2種類があります。
【いつものとき】おやつのお茶
おやつの時間を楽しく彩る一杯。「お気に入りのおやつとともに、リフレッシュするひとときを過ごしてほしい」というコンセプトで作られたお茶です。
牧之原の深蒸し茶を使用し、淹れた瞬間に広がる、濃く鮮やかな緑の水色は、目にも癒しを与えてくれます。渋みが少なく、コクがありながらもやわらかな飲み口は、甘いおやつとの相性が抜群。こちらも茶葉タイプとティーバッグタイプの2種類があります。
【いつものとき】おやすみのお茶
一日の終わりに、ほっと一息つくための焙じ茶。「がんばった一日の締めくくりに、くつろぎの時間を過ごしてほしい」というコンセプトで、牧之原・天竜の茎茶をベースに合組されています。
焙じ茶に含まれるリラックス効果のある香り成分が、心をゆるめてくれるでしょう。まろやかでやさしい香りが特長。こちらも茶葉タイプとティーバッグタイプの2種類があります。
月花蜜~夕顔の茶~
料理の香りや旨味に調和するように設計された、特別なお茶です。通常の緑茶にはない華やかな花香を持つ在来実生種の茶葉を使用。釡炒り後に発酵させ、さらに白葉茶(99.99%日光を遮り、旨味成分が通常の煎茶の何倍も含まれる茶葉)を独自の比率で合わせているそうです。
▲「月花蜜~夕顔の茶~」は、料理家・夕顔さんがディレクションを手がけ、イラストレーター山口洋佑氏がパッケージデザインを担当しました。
香りはマスカットのように華やかで、花の蜜を思わせるような甘味と調和の取れたバランスが特長です。料理家「夕顔」と茶屋すずわが、何度も試行錯誤を重ねて生み出した、奥深くも親しみやすい特別なお茶となっています。
インタビュー:選ばれたお茶から選ぶ贅沢──茶問屋の技術と誇り、そして情景が育む日本茶の世界
鈴和商店6代目取締役の渥美慶祐さんにお話を伺いました。
単一茶産地を超えて融合する美味しさ。「茶屋すずわ」が語る合組茶の魅力
–「茶屋すずわ」では、合組にこだわったお茶づくりをされているとうかがいました。合組とは、どのような製法なのでしょうか?
合組とは、異なる産地で採れた茶葉をブレンドする技術のことです。茶葉の量や質を安定させ、味や香りのバランスを整えるために、非常に重要な加工工程といえます。
たとえば、日照時間の短い山間部で育てられる浅蒸し茶は、独特の香りと甘みが魅力ですが、水色(すいしょく)は淡くなりがちです。一方で、日照時間の長い平地で生産される深蒸し茶は、色鮮やかな緑としっかりとしたコクが特徴ですが、香りはやや控えめです。合組とは、こうしたそれぞれの長所を活かして組み合わせる技術なのです。
最近では、単一の産地・品種からつくられるシングルオリジン茶が人気を集めています。個性的な香りと味わいが魅力ですが、一方で、茶問屋が手がける合組によって生み出される、奥深く調和のとれた味や香りは、シングルオリジンにはない魅力だと私たちは考えています。
静岡が「お茶の町」と呼ばれるまでに。茶匠の目利きと技術が生む「香味の再構築」の美学
静岡はお茶の生産地であると同時に、全国からお茶が集まる一大集積地でもあります。そのため、お茶に触れる機会が自然と多くなり、知らず知らずのうちにお茶の品質を見極める目が養われていきます。この感覚こそが、私たちの技術の根幹なのです。
–確かに、お茶は農作物ですから、毎年まったく同じものになることはありませんね。その年ごとの特徴を見極める技術が重要だというのは納得です。
はい。そして私の知る限り、静岡の茶問屋が持つ「お茶を見る技術」や、「味と香りを判断するテイスティングの技術」は本当に優れていると感じています。それこそが、静岡が「お茶の町」と呼ばれるようになった理由のひとつでもあるのです。
こうした経験と感覚を土台にして磨かれてきた、茶問屋の確かな技術によって合組されたお茶は、単に良いところを組み合わせただけのものではありません。
産地ごとに異なるお茶の個性を見極め、焙煎や仕上げを通じてそのポテンシャルを最大限に引き出していく、その工程は、まさに「味と香りの再構築」と言えるでしょう。
–「合組の技術で最高のお茶をつくる」というのは、茶問屋にとって大切な使命なのですね。
本音を言えば、茶問屋にとっては単一産地で仕入れたものを、合組せずにそのままシングルオリジンとして販売する方が、よほど楽です。しかし、伝統ある合組の技術こそが、私たち茶問屋の真価。そこは揺らぐことはありません。
これからも、この合組の技術をさらに磨き続け、最高の一杯を追い求めていきたいと思っています。この道は、一生かけても極めきれるものではありませんから。
「選ばれたお茶」から選ぶ贅沢。茶問屋の目利きが導くお茶の世界
かつて日本茶といえば、茶問屋が手がける伝統的な合組茶が主流でした。しかし近年では、こうした「ブレンド茶」に対してあまり良いイメージを持たない方も増えているように感じます。一方で、シングルオリジン茶の人気が高まり、ネットショップなどを通じた流通も広がっています。
▲小売り店に隣接した場所には、お茶の拝見場が設けられています。ここでは何十種類ものお茶を日夜テイスティングしながら、品質を見極め、お茶づくりを行っています。
–一昔前と比べるとお茶の流通は大きく進化していますが、ただお茶が流通するのと、茶問屋の「厳しい目利き」を経たお茶が流通するのとでは、大きな違いがあるのではないでしょうか。
はい、まさにその通りだと思います。ただ、その違いを消費者の方にしっかりと伝えるのは、なかなか難しい面もあります。
「静岡茶」と一括りにされがちですが、実際には静岡県内にもさまざまな産地があり、それぞれ異なる環境でお茶が育っています。こうした違いや魅力を伝えていくことこそ、私たち茶問屋の大切な役割ではないかと感じています。
そして、その先にこそ、消費者にとって新たに見えてくる私たち茶問屋の価値や存在意義があるのではないかと思っています。
花火のように広がる、お茶の色彩美。セレクトショップも注目する日本茶の多様性
お茶といえば、緑茶を思い浮かべる方が多いかもしれません。でも実は、お茶にはさまざまな水色(すいしょく)があり、その色合いも実に豊かなんです。私たちは緑茶だけでなく、紅茶や発酵茶も作っていて、お茶という飲み物の多様性を日々感じています。
けれども実際には、「日本で紅茶なんて作っているの?」「日本でウーロン茶が作れるの?」と驚かれることも少なくありません。それほど、お茶の幅広さがまだ知られていないのだと思います。
だからこそ、視覚的にその多様性を伝えられるよう、いろいろな水色のお茶を並べて写真に収めてみました。
私自身も、お茶の写真を撮るのがとても好きなんです。SNSを通して、お茶の魅力を手軽に、他の業界の方にも届けられるのが楽しくて、積極的に活用しています。
–投稿された写真を見ましたが、まるで花火のように美しく撮られたお茶の写真には、思わず見とれてしまいました。着色料を一切使わずに、これだけ多彩な水色が楽しめる飲み物は、お茶ならではかもしれませんね。
また、茶屋すずわではネーミングやデザインにも工夫を施しているんです。パッケージには小鳥のロゴが入っています。このロゴは「新しい未来への飛翔を」という意味を持ち、お祝い事でもお茶を使用してほしいという願いや、「飛び立つ鳥が羽を休める止まり木のようなお茶屋でありたい」という願いが込められています。
そうしたら、セレクトショップや雑貨屋さんにも取り扱ってもらえるようになりました。これにより、これまでお茶に触れる機会がなかった人々にもアプローチできるようになっていることを感じています。
–これまでお茶がなかった場所にお茶を取り入れ、その成果を感じているのですね。
お茶は自由でいい。「誰と、どこで、どう飲むか。」が育む、もうひとつの美味しさ
今は本当にお茶を飲む人が少なくなってきています。しかし、皆がお茶が嫌いというわけではありません。問題なのは、お茶の良さが伝わっていないことだと思います。
そうした魅力を伝えるために、お茶の香りや味わいはもちろんですが、「お茶ならではの豊かなひととき」にもっと焦点を当てていけないだろうかと考えています。
お茶は誰と飲むかとか、どんな急須を使うかとか、こんな空気感でとか、そういった外的な要因も味に関係してくるのは確かだと思います。
あまり好きでもない人と、かしこまって飲むお茶よりも縁側でおばあちゃんが淹れてくれたお茶の方が美味しい。カップラーメンだって、富士山の頂上で食べるカップラーメンは凄く美味しいでしょう。
私はお茶の味や香りではなく、飲んだときにそんな情景的な部分も伝えていけたら、もっとお茶が楽しんでもらえるのではないかなと思います。
–「お茶の多様性や情景的な楽しみ方を伝えていくことが大切」という考えなのですね。
お茶の楽しみ方は自由で良いと思いますよ。その辺の楽しみ方を押し付けるつもりはないですし、そこは決めつけるのが一番駄目だと思います。もちろん、産地名や品種名を付けて紹介するのも一つの方法です。
ただ、そもそもお茶にあまり関心のない方に、それだけで魅力が伝わるのかといえば、少し疑問に思う部分もあります。
私は決して、どのお茶が一番だとか、良い悪いとかを主張したいわけではないんです。みんなの味覚はそれぞれ違いますし、そこは競うものではありませんから。それはお客さん自身が判断することだと思います。
それでも、私たちが心を込めて丁寧につくったお茶を、「美味しいね」と言ってもらえたら――やっぱり、作り手としては最高に嬉しいですね(笑)。
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~茶屋すずわの情報・購入方法~
住所 | 〒420-0011 静岡県静岡市葵区安西3丁目68 |
ホームページ | https://www.chaya-suzuwa.jp/ |
SNS | |
電話番号 | (054)271-1238 |
電子マネー・カード決済 | 対応済み |
営業時間 | 平日10時〜16時半 第2.4土曜 11時〜18時 |
定休日 | 木、土曜、日曜日、祝日 |
駐車場 | あり |
アクセス | JR静岡駅から車で約15分 |
この記事を書いた人 | Norikazu Iwamoto |
経歴 | 「静岡茶の情報を世界に届ける」を目的としたお茶メディアOCHATIMES(お茶タイムズ)を運営。2021~24年に静岡県山間100銘茶審査員を務める。静岡県副県知事と面会。お茶タイムズが世界お茶祭りHP、お茶のまち静岡市HP、静岡県立大学茶学総合研究センターHP、農林水産省HPで紹介される。地元ラジオやメディアに出演経験あり。 |
英訳担当 | Calfo Joshua |
経歴 | イギリス生まれ育ち、2016年から日本へ移住。静岡県にてアーボリカルチャーを勉強しながら林業や造園を務めています。カルフォフォレストリーを運営。日本の自然を楽しみながら仕事することが毎日の恵み。自然に重点を置く日本の文化に印象を受けて大事にしたいと思ってます。 |