釜炒り茶柴本が導く、熟成茶の奥深き世界。自然と時間が醸す唯一無二の香り【静岡県・釜炒り茶】

一般的に、お茶の魅力が最も引き立つのは、4〜5月の新茶時期です。この時期には、旬のお茶ならではの華やかな香りと豊かな旨味を楽しむことができます。一方で、茶葉を長期間保存・熟成させることで、新茶にはない奥深い香りや味わいを引き出したお茶は「熟成茶」と呼ばれます。今回取材したのは、熟成茶づくりに取り組む「釜炒り茶柴本」です。柴本のお茶は、釜炒り茶の本場・九州宮崎で習得した伝統製法に、独自の熟成技術を組み合わせて作られています。その品質の高さは、紅茶グランプリでの最高金賞受賞や、ポーランドへの輸出実績からも明らかで、国内外で高く評価されています。
この記事では、柴本俊史さんの釜炒り茶との出会い、そして熟成茶ならではの魅力について、インタビューを通じて詳しくご紹介します。
目次
釜炒り茶柴本とは
「釜炒り茶柴本」は、静岡県牧之原市にある自園・自製・自販の茶農家です。全国生産量のわずか1%未満とされる希少な釜炒り茶を中心に、独自のお茶作りを行っています。現在の園主は、三代目となる柴本俊史さんです。
柴本家は、旧榛原町勝俣に代々続く地主の家系で、曾祖父・魏三郎さんは5軒からなる「㊄(マルゴ)農産加工協同組合」の初代組合長を務めました。戦後の農地改革をきっかけに、祖父・実雄さんが茶農家として創業し、現在に至ります。
▲「釜炒り茶柴本」は、三代目園主・柴本俊史さんが立ち上げた新ブランドです。
「釜炒り茶柴本」の茶園では、自然と共存しながら香り豊かなお茶作りに取り組んでおり、農薬も肥料も使わない自然農法を実践しています。畝の間を歩くヤギは、茶園に自生する草木や虫を食べ、それを消化した後の堆肥を微生物のエサとする——このような循環型農法を、柴本さんは「ヤギ農法」と名付けています。
釜炒り茶柴本のお茶の紹介
「釜炒り茶柴本」が手がけるのは、摘採した生葉を高温の丸釜で炒ることで仕上げる「釜炒り茶」。澄んだ水色(すいしょく)、自然由来の華やかな香り、そしてスッキリとした後味が特徴です。
このほかにも、長期熟成させた熟成緑茶をはじめ、烏龍茶、紅茶、白茶、花茶など、多彩なお茶づくりに取り組んでいます。「釜炒り茶柴本」のお茶は、ネットショップや「大地の茶の間」の受付、牧之原市総合観光センター「よってけ市」などで購入可能です。
その品質は国内外で高く評価されており、ポーランドへの輸出実績もあります。柴本さん自身もこれまでに4回ほどポーランドを訪れており、今後は現地での日本茶普及活動も予定しているとのことです。
(※なお高柳製茶に取材した際にも、高柳社長から「ポーランドには現地駐在の社員がいて、日本茶の普及活動を定期的に行っている」との話がありました。こうした背景からも、ポーランドにおける日本茶の需要は確かなものと言えるでしょう。)
ここでは、「釜炒り茶柴本」のお茶を少しだけご紹介します。
▲「釜炒り茶柴本」は、国内紅茶グランプリ2021・プロダクツ部門で最高賞を受賞するなど、数々の受賞歴を誇ります。
蜜香茶~べにふうき紅茶~
丁寧に手摘みで収穫した茶品種「べにふうき」の茶葉を、1年間熟成させた後に焙煎して仕上げた紅茶です。マスカットフルーツのような甘く爽やかな香りが特徴。濃いめに淹れた蜜香紅茶をキンキンに冷やし、シャンパンのように楽しむのもおすすめです。
六年熟香白茶
収穫後に干して乾燥させた茶葉を茶箱で常温保管し、6年間熟成させた白茶です。まるでブランデーのような芳醇な香りが楽しめます。熱湯で手軽に淹れられ、何煎も美味しく味わえるのも魅力です。
柴龍~チャイロン~
ミルクのようにやさしい香りとスパイシーな香りが重なり合い、奥行きのある味わいが広がる烏龍茶です。柴本さんが「これなら美味しい烏龍茶が作れる」との思いから自ら植えた、オリジナル品種の「柴龍(チャイロン)」を使用しています。台湾の凍頂烏龍茶がお好きな方には、特におすすめです。
釜炒り茶すいーと
茶品種「やぶきた」と、桜葉のような香りが特長の茶品種「静7132」をブレンドした釜炒り製緑茶。口に含むと爽やかな味わいの中に、ほんのりと桜葉の香りが広がります。濃厚な料理との相性も抜群で、「静岡県山間100銘茶」にも認定されています。
インタビュー:全国生産比1%未満の釜炒り茶に魅せられて。茶師・柴本俊史が紡ぐ熟成茶の世界
釜炒り茶柴本の代表の柴本俊史さんにお話を伺いました。
なぜ柴本さんは釜炒り茶を選んだのか──全国生産比1%未満に懸ける想い
–釜炒り茶というのは、全国生産比が1%に満たない希少なお茶だそうですね。柴本さんがなぜ釜炒り茶を作りたいと思われたのか、その経緯について教えていただけますか?
お茶を売る方法には、いろいろな形があると思います。そのなかで、私がひとつ確実な方法として挙げるなら、「茶品種の持つ個性を活かして香り高いお茶を作り、それを丁寧にお客さんと向き合いながら提供すること」だと思っています。
実際、この方法でお茶が売れることは多いんです。でも、それとは別に、私は私なりのお茶作りや、お茶の広め方を見つけたいと思っていました。そんな思いを抱きながらさまざまなお茶に触れていたとき、出会ったのが釜炒り茶でした。
初めて釜炒り茶に出会ったのは、私が高校生の頃でした。もっと釜炒り茶のことを知りたくなった私は、青柳式釜炒り茶伝道師として活動していた(故)小川誠二先生に電話しました。
小川先生は、わざわざ高校の部活に来てくださって、釜炒り茶の歴史から淹れ方まで丁寧に教えてくださいました。あのときは本当に感激でしたね(笑)
▲柴本さんの売店には、故小川誠二さんの著書「茶に貞く」が置いてあります。
小川先生のご指導のもとで学んだ釜炒り茶を、周りの方々に振る舞ってみたところ、皆さんとても気に入ってくれました。お茶屋さんでさえ「美味しい!」と驚いていたほどです。
こんなに魅力的なお茶なのに、なぜか静岡では手に入りづらかったのです。私は、そんな現状に疑問を持つようになりました。
–高校生の時に、既にお茶を作る道へ進むことを決めていたのですか?
はい。私の母校である、菊川市にある小笠高校には、茶園や製茶工場、専門家による授業に加え、各種の書籍も揃っていて、お茶について座学から実習まで幅広く学ぶことができるんです。お茶作りを志す人にとっては、本当に恵まれた環境だと思います。
そして高校卒業後、私は釜炒り茶の本場である宮崎に進路を決めました。
静岡と宮崎を行き来した20年。お茶作りの先に見えた熟成というもう一つの世界
宮崎に行く前に、静岡の茶業研究センターで2年ほど学び、静岡茶の現状や背景について深く理解しました。静岡のお茶をしっかりと知ることで、宮崎のお茶と比較しながら捉えられるようになり、より多くの気づきが得られるのではないかと考えたからです。
こうして得た知識は、宮崎のお茶の生産者と膝を突き合わせて語り合うとき、大きな助けになりました。
宮崎では、2年半ほど住み込みで釜炒り茶作りを学びました。その後、静岡に戻り、以来、宮崎と静岡を行き来しながら、自分なりの釜炒り茶の個性や魅力の生かし方を模索し続けてきました。気づけば、もう20年以上お茶を作っていますね。
–そこから熟成茶作りにも取り組むようになったのですか?
はい。お茶作りの参考として、とにかく多くのお茶を飲んでいた時期がありました。そんなある日、4年ほど前に自分で作ったお茶を改めて飲んでみたところ、その美味しさに驚かされたんです。その体験が、熟成茶の可能性に気づくきっかけとなりました。
▲5年常温熟成の釜炒り茶さくらかおり
時間と自然が織りなす、唯一無二の香り。茶師・柴本俊史が設計する熟成茶
熟成というのは、本当に奥が深い世界だと思います。高品質な熟成茶を作るためには、栽培の段階まで立ち返り、緻密に設計していく必要があります。
こちらの「蜜香茶~べにふうき~」は、2021年の国産紅茶グランプリで受賞したお茶で、製造工程に1年間の熟成期間を設けています。つまり、使用している茶葉は2020年6月に畑で摘み採られたものです。
熟成という工程を経ることで、付加価値の高いお茶に仕上がっていますので、どうしても安価にはご提供できません。でも、実際に飲んでいただければ、その魅力をきっと感じていただけると思います。
–確かに、飲んでみると、とても良い香りですね。スッキリとしていて飲みやすいです。熟成させることで、お茶はこうした味わいに変わっていくのですか?
熟成に適した素材を見極めることがとても大切です。一般的に新茶の場合は、鮮度が高い状態で香りと旨味のバランスが最も良くなるように設計されているため、そのままの状態で飲むのが一番美味しいことが多いです。この場合には、熟成はかえってマイナスに働いてしまうかもしれません。
ですが、1年後、2年後に美味しさが引き立つような設計で作られたお茶であれば、熟成がプラスに働くこともあります。
–どんなお茶でも熟成させれば良いというわけではないのですね。でも、熟成という工程が加わると、毎回同じ味に仕上げるのはかなり難しいのではないですか?
はい、それは時間と労力のかかる、とても難しい作業です。「釜炒り茶柴本」のお茶の中でも、再現性が特に低いのが熟成の白茶ですね。なにしろ、熟成に6年もの歳月が必要になるのですから。
熟成に長い時間がかかるという点だけは、どうしても避けられません。「思い立ったときに仕込む」くらいの行動力がないと、検証結果も得られないのです。
紅茶については、そもそもウンカが自然に発生する環境が整わない限り、作ることすら叶いません。だからこそ、自然とじっくり向き合っていくしかないんですね。
(※夏の高温多湿な時期になると、茶樹に「ウンカ」と呼ばれる体長2ミリほどの虫が棲みつき、葉をかじります。ウンカにかじられた茶葉は、酵素の働きによって成分が変化し、「蜜香」と呼ばれる芳しい甘みを生み出します。こうして紅茶の希少な原料である「ウンカ芽茶葉」が生まれます)
「人を喜ばせたい想い」から進化した柴本のお茶。未知のお茶と人とをつなぐ架け橋を目指して
–柴本さんは、本当にたくさんの茶品種を育てていらっしゃいますね。
はい。紅茶ひとつ取っても、品種はもちろん、作り手や製法、育つ環境によって香りや味わいは大きく変わってきます。そんな中で「この品種、好きだな」と思えるものがあれば、次はそのお茶の熟成タイプもぜひ手に取ってみて欲しいですね。
熟成によるお茶の変化を体感することで、「ヴィンテージティー~何年物のお茶~」という新たな楽しみ方もきっと広がると思います。熟成させることで個性が際立つ茶品種はたくさんありますからね。
–柴本さんのお話をうかがっていると、「お茶を作る」こと以上に、「お茶を楽しんでもらいたい」という想いが強く伝わってくる気がします。
私自身にも、かつては人を喜ばせることには目もくれず、ただ自分の好きなお茶を作ることに没頭していた時期がありました。でもある日、「本当に大切なのは、誰かを喜ばせるためにお茶を作ることなのだ」と気づいたんです。
それからは、まず事前にマーケティングを行い、一般の方々がどんなお茶を求めているのかを知ることから始めました。紅茶や烏龍茶を手がけているのも、そうした身近なお茶でなければ、なかなか世間の方々に手に取ってもらえないからです。
栽培や製法のノウハウも少しずつ蓄積されてきて、お客さんが喜ぶ味わいを、柴本らしさのある一杯として届けられるようになってきました。今となってはそれが楽しく感じています。
でも、正直なところ私は、「まだ知られていない素晴らしい魅力を持つお茶を作り、それを広めていく」ということに挑戦したい。
お茶の世界は本当に広くて、まだまだ一般には知られていない可能性や未来がたくさんあります。ノウハウを積み重ねていくことで、環境さえ整えば、驚くほど香り豊かなお茶を生み出せることもわかってきました。
いつか私は、そうした未知のお茶の世界と、今のお茶を楽しむ人たちとをつなぐ「橋渡し」のような存在になりたいと思っています。今はきっと、その夢に向かって進むための準備期間なのかもしれませんね。
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釜炒り茶柴本の情報
住所 | 〒421-0414 静岡県牧之原市勝俣2695 |
ホームページ | https://kamacha.jimdofree.com/ |
電話番号 | 080-5295-7196 |
電子マネー・カード決済 | 一部対応 |
営業時間 | 10:00~17:00 (時期によって変更の可能性があります) |
定休日 | 不定休 |
駐車場 | あり(少数台) |
アクセス | 東名相良牧之原ICから車で約20分、受付場所の柴本さん宅から茶の間までは徒歩10分 |
この記事を書いた人 | Norikazu Iwamoto |
経歴 | 「静岡茶の情報を世界に届ける」を目的としたお茶メディアOCHATIMES(お茶タイムズ)を運営。2021~24年に静岡県山間100銘茶審査員を務める。静岡県副県知事と面会。お茶タイムズは世界お茶祭りHP、お茶のまち静岡市HP、静岡県立大学茶学総合研究センターHP、農林水産省HPで紹介されています。地元ラジオやメディアに出演経験あり。 |
英訳担当 | Calfo Joshua |
経歴 | イギリス生まれ育ち、2016年から日本へ移住。静岡県にてアーボリカルチャーを勉強しながら林業や造園を務めています。カルフォフォレストリーを運営。日本の自然を楽しみながら仕事することが毎日の恵み。自然に重点を置く日本の文化に印象を受けて大事にしたいと思ってます。 |