誰もが扱えぬ茶、誰もが癒される味──静香農園と高級茶の再発見【静岡県・川根茶】

OCHATIMES編集部
誰もが扱えぬ茶、誰もが癒される味──静香農園と高級茶の再発見【静岡県・川根茶】

静岡県のほぼ中央を流れる大井川。赤石山脈の間ノ岳を水源とし、駿河湾へと注ぐこの川の中流域に、全国有数の茶処、川根本町があります。この地域は、豊かな降水量、短い日照時間、昼夜の寒暖差といった自然条件に恵まれ、お茶の栽培に理想的な環境に恵まれています。
今回は、川根本町元藤川にて、農薬や化学肥料を一切使わず、環境と社会への配慮を大切にしながらお茶づくりに取り組む茶農家「静香農園」を取材しました。

この記事では、静香農園が育むお茶の魅力や、園主・小西さんが語る「時代の移ろいとともに見直される、希少な高品質茶の在り方」について、インタビューを交えてご紹介します。

静香農園とは

静香農園は、川根本町元藤川の地で、お茶の栽培から製茶、販売までを一貫して手がける茶農家です。現在の園主は、4代目となる小西宣幸さんです。

静香農園

静香農園には店舗や看板がないため、直接訪問する場合は事前の連絡が必要です。ただし、4月から5月にかけての新茶の時期は繁忙期にあたるため、この期間中の訪問は厳禁です。

静香農園のお茶の紹介

静香農園の茶園は、川根北部の山間部に位置しています。この地域は昼夜の気温差が大きく、日照時間が短い傾斜地にあるため、平野部と比べて単位面積あたりの収穫量は少なめです。

しかし、静香農園では自然環境と調和したお茶づくりを目指しており、そのぶん手間と労力を惜しまず、丁寧に栽培が行われています。

静香農園

収穫した生葉の特徴を最大限に活かすため、静香農園では自家製茶工場で丁寧に浅蒸し製法による仕上げを行っています。お茶は主にオンラインで販売されており、一部商品は川根・千頭駅前にある食堂「先頭館」でも小売りされています。

現在、静香農園で育てられている茶品種は、「やぶきた」を中心に、「おくひかり」「さくらみどり(静7132)」「つゆひかり」「しずかおり」「はるみどり」などがあります。

ここでは、静香農園のお茶を少しだけご紹介します。

▲先頭館のレジ前に静香農園のお茶が販売されています。(※販売品は定期的に変更されます)

永寿

新茶の若い芽(みる芽)を丁寧に摘み取り、その特徴を最大限に引き出すよう、浅蒸し製法で仕上げた高級煎茶です。香り・滋味・甘味・苦味が美しく調和し、繊細で奥行きのある味わいは、お茶通も納得の逸品。大切な方への贈り物や、旅の思い出としてのお土産にもおすすめです。


さくらみどり

甘くやさしい香りと、豊かな旨味をあわせ持つ煎茶。このお茶は桜葉を感じさせる香気を持つことから、静香農園ではこの個性に着目し、「さくらみどり」と名付けました。

静岡県の清水地方では「まちこ」、ほかにも「静7132」や「さくらかおり」など、地域ごとに異なる名称で親しまれています。園主の小西さんによると、特にフランスの人々に好まれる傾向があるお茶なのだそうです。


そのほかにも、上品な香りと旨味を持つ「はるみどり」、香り豊かな「深山紅茶」、上級煎茶にオーガニック玄米と柚子をブレンドした「柚子玄米茶」など、静香農園では様々なお茶を取りそろえています。

インタビュー:本物がすぐそばにある時代。静香農園が届ける、「ひと息の豊かさ」が宿る高級茶

静香農園園主の小西宣幸さんにお話を聞かせていただきました。


静香農園が届ける自然の恵み。虫も鳥も訪れる、命が息づく茶園で育まれる川根茶。

–静香農園について教えていただけますか?

静香農園は、川根本町元藤川という地域で、代々お茶の栽培・製茶・販売を行ってきた茶農家です。静香農園があるこの地域は、鳥のさえずりや虫の鳴き声が聞こえ、空気の澄んでいるのどかな所です。私自身もこの豊かな自然環境をとても気に入っています。

私たちは、化学合成肥料や農薬に頼らず、有機JASに準じた栽培方法でお茶を育てています。こうした方法を選ぶのは、生態系のバランスを乱さず、自然の恵みをそのままに、お茶好きの皆さまに安心・安全な「川根茶」をお届けしたいからです。

農薬や化学肥料を使わない分、手間も時間もかかりますが、長年にわたって健康な土づくりに力を注いできたことで、多様な微生物や昆虫が共生し、鳥などの野生動物も訪れる、まるでオアシスのような茶園へと育ってきました。

–自然との共存、生きものとの共生にこだわったお茶づくりをされているのですね。

はい。ただ、ぜひ皆さんにお伝えしておきたいのは、「有機と無機、どちらが優れている・劣っているという話ではない」ということです。農薬や化学肥料が一概に悪いというわけではありません。

栽培方法にかかわらず、茶の生産者は茶園の管理に一生懸命取り組んでいますし、品質の高いお茶を届けようと努力しています。農薬自体の改良や技術開発も進んでおり、皆、お茶の樹を害虫や病気から守りながら美味しいお茶を作ろうと、それぞれが最善を尽くしています。

川根本町は都市部に比べて生物多様性が色濃く残る山間地であり、生態系のバランスにも恵まれています。静香農園は、こうした環境の豊かさに恵まれているおかげもあり、「この環境であれば農薬や化学肥料を使わずともやっていけるのでは」と判断しただけです。

手間も技術も極限。誰もが認めるが、誰もが扱えない。品評会茶と日常茶の深い話

静香農園ではこれまでに、お茶の品評会で数々の賞を受賞してきました。しかし現在は、そうした品評会への出品を控え、その労力をお客様に高品質なお茶を届けるための生産に注いでいます。

というのも、品評会で上位を目指すには、膨大な手間と時間がかかるからです。出品用のお茶を育てるために特別な茶園を用意し、通常以上に丁寧な製茶が求められます。その完成度は、まるで一般の人が運転できないレーシングカーのような世界に匹敵します。まさに極限まで磨かれた技術が必要になるのです。

もちろん、品評会での入賞は非常に名誉なことです。お茶づくりの技術を証明し、お客様からの信頼にもつながります。特に、川根本町から出品される生産者の方々は全国的にも優れた成績を収めており、そのたゆまぬ努力と研究心には本当に頭が下がります。

–なるほど。レーシングカーのような世界というたとえは、とても分かりやすいですね。お茶の品評会に挑むには、相当なコストと準備が必要だということが伝わってきます。

今の時代、急須で淹れるような高級なお茶は、車でいうところのフェラーリやポルシェといった高級なレーシングカーにあたるのかもしれませんね。誰もがその性能の高さを認めるけれど、毎日乗るわけではない――そんなイメージです。

–なるほど。車とお茶に、似ているところがあるとお感じになるんですか?

ええ、そうですね。私は、どちらにも共通する部分があると感じています。

「自動車産業とお茶に見る進化の物語」――高級品が汎用品になるまでの軌跡

今でこそ、自家用車を所有することは珍しいことではありません。しかし、かつて車はごく限られた人しか持てない高価なものでした。

そうした中で、アメリカの有名な自動車メーカー・フォードが車の大量生産に取り組み、コストの削減と販売価格の低下を実現しました。

すると、これまで購入することのできなかった一般消費者が車を所有できるようになります。そして車産業は活性化し、雇用も生まれます。国もそうした事業に資金を供給するようになり、車産業からはじまり様々な市場にお金が回るようになり、経済は活発になります。

時にはオイルショックが起こるなどして、紆余曲折を経ながら経済が発展していった末に、消費者は「安くて品質の良いもの」を求めるようになりました。

そこにドイツ車メーカーのフォルクスワーゲンが参入してきました。更に日本製の車も流通するようになりました。日本車は外国車に比べて、故障が少なく、燃費も良く、価格も手ごろで、多くの消費者に支持されるようになりました。

結果として、アメリカ製の高級車は車市場で姿を消すことになり、アメリカの自動車産業は一時的に衰退しました。現在では、アメリカにトヨタやホンダといった日本車メーカーが製造拠点を持ち、アメリカの雇用を生み出すことでアメリカ経済の発展に貢献しています。

私はお茶も同じようなことが起こりつつあるのかもしれないと思っているのです。

–なるほど、車の発展の歴史と、お茶の発展の歴史には通じる部分があるのかもしれませんね。最初、車は馬車から始まり、外国の高級車やスポーツカーとなり、最終的には安価な大衆自動車となりました。お茶も番茶から始まり、高級茶になり、ペットボトルへと形を変えつつありますね。

誰もが望んだ「安くて美味しい」の陰で。お茶業界が直面する静かな危機

最近の大衆自動車は昔とは比較にならないほど高性能になりました。お茶も同様で、最近のペットボトルのお茶はとても美味しく、昔とは比べものにならないほど進化しています。

働きながら消費もするという人々にとって、「安くて美味しいペットボトル茶」は願ってもない商品でしょうね。

一定以上の質を保ちながら大量生産して、手に取りやすい価格で販売すれば、皆が買います。お茶業界も、いまやそうした流れの中にあります。私はそれ自体が悪いとは思いません。むしろ便利で豊かな時代になったなと感じていますし、経済を回すという一面では成功していると言えるでしょう。

しかし、もう今の茶農家には「安くて品質の良いもの」を求める消費者に応えるだけの体力がないのです。多くの茶農家が「このままでは経営が続けられない」と苦しみ、実際に事業をやめるケースも増えています。

そして何よりも、こうした市場の競争が世界規模で起こっている以上、いずれ中国が勝つようになるのは時間の問題です。圧倒的な人口と広大な国土を持つ中国と日本がこの土俵で競っても、勝負にならないでしょう。


本物のお茶の味が、いま誰の手にも。知らなかった「お茶の奥行き」に出会う、高級茶の希望

高品質なお茶を生産する立場から見れば、今のお茶業界は衰退していると感じられるかもしれません。でも、お茶を愛する方々の視点に立てば、嬉しい側面もあるように思うのです。

需要の減少に伴い、これまで手に入りにくかった高級茶が、一般の方々にも届きやすくなってきました。かつてはお殿様に献上されていたような希少なお茶さえ、手に入ることがあるのです。

–見方を変えれば、今は誰もが高級茶に触れられる世界が来ている、ということなのですね。

高級茶は、香り、甘味、旨味、渋味といった要素が幾重にも重なり合い、とても複雑で奥深い味わいを楽しめます。その魅力を知ることで、「お茶を飲む」という行為そのものへの価値観が変わってくるかもしれません。

私自身も、お茶を味わう時間が大好きです。毎日、お茶を一服してほっとひと息つく、その時間をとても大切にしています。お茶は体に優しいだけでなく、気持ちまで穏やかにしてくれますからね。

海外では、抹茶やお茶がスーパーフードとして注目され、健康志向の高まりとともにますます関心が高まっています。今後も、お茶の価値は見直され、さらに広がっていくのではないでしょうか。

ただひとつ感じるのは、「ひと息つく時間」に、ペットボトルのお茶だけで済ませてしまうのは、少し寂しいということ。だからこそ、皆さんには、ぜひ高級茶を手にとって、その奥深さや豊かさをじっくり味わっていただきたいと願っています。

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静香農園の情報・購入方法

住所 〒428-0311 静岡県榛原郡川根本町元藤川141-1
(事前予約なしの訪問は厳禁です!)
ホームページ http://kawanechashizuka.sakura.ne.jp/
SNS 静香農園のfacebook
電話番号 0547-57-2537
電子マネー・カード決済 なし
営業時間 問い合わせ
定休日 問い合わせ
駐車場 あり(1台)
アクセス 所要時間: 国一バイパス向谷ICより車で約60分
最寄り駅: 大井川鐵道・駿河徳山駅より車で約5分

 

この記事を書いた人 Norikazu Iwamoto
経歴 「静岡茶の情報を世界に届ける」を目的としたお茶メディアOCHATIMES(お茶タイムズ)を運営。2021~24年に静岡県山間100銘茶審査員を務める。静岡県副県知事と面会。お茶タイムズは世界お茶祭りHP、お茶のまち静岡市HP、静岡県立大学茶学総合研究センターHP、農林水産省HPで紹介されています。地元ラジオやメディアに出演経験あり。

 

英訳担当 Calfo Joshua
経歴 イギリス生まれ育ち、2016年から日本へ移住。静岡県にてアーボリカルチャーを勉強しながら林業や造園を務めています。カルフォフォレストリーを運営。日本の自然を楽しみながら仕事することが毎日の恵み。自然に重点を置く日本の文化に印象を受けて大事にしたいと思ってます。

 

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