つちや農園の標高600mのお茶作りを支える先人の知恵が世界農業遺産に【静岡県・川根茶】

OCHATIMES編集部
つちや農園の標高600mのお茶作りを支える先人の知恵が世界農業遺産に【静岡県・川根茶】

静岡県川根本町の標高600mにある「おろくぼ」地区にて川根茶農家を営んでいる「つちや農園」。険しい自然環境と調和して作られたお茶の品質は高く、農林水産大臣賞を含め数々の賞を受賞しており「天空の川根茶園」とも呼ばれています。

この記事では、高品質な手摘み茶へのこだわり、世界農業遺産認定された茶草場農法など、つちや農園の土屋裕子さんのインタビューを交えてお伝えしていきます。

つちや農園とは

つちや農園とは静岡県川根本町の標高600mの「おろくぼ」地区にある川根茶農家です。園主を務めているのは土屋鉄郎さん。

山間の急傾斜の茶畑で、山の天候や自然環境と調和したお茶作りをしている「つちや農園」は別名「天空の川根茶園」とも呼ばれています。険しい川根茶産地から生まれるお茶は品質の良し悪しを決める品評会で幾度も賞を受賞しており、最高峰の農林水産大臣賞も受賞しています。

つちや農園のお茶の紹介

標高600mにある「つちや農園」で作られた川根茶をここでは少しだけご紹介します。(つちや農園は定期的にフォーレなかかわね茶茗舘で呈茶もしています。詳しい予定はフォーレなかかわね茶茗舘に問い合わせください)

ひかり小町~手摘み茶~

品種茶「おくひかり」を丁寧に手で摘み仕上げたお茶。優しく柔らかい曲線的な味わいから、美しい女性を表す小町の名称がつけられました。

山霧のしずく~手摘み茶~

甘味渋味旨味が高いレベルでバランスよく備わっています。手摘み茶ならではの品のある「これぞ山のお茶」という味わいです。

天空の風~手摘み茶~

茶農家が作る茶の良し悪しを審査する品評会に出すお茶の栽培方法で作られた希少なお茶。芳しい香りと重厚な旨味と甘味を堪能できます。

萌香

少し早めの時期に品種茶「やぶきた」を摘採したお茶。若々しく爽やかな香りと、甘い後味が特徴。

三ツ星

お茶の新芽が十分に成長し味がのった頃合いを見計らい摘採したお茶。甘味のある香りとのど越しの良い爽快な渋味が程よく調和しています。

おくひかり

最も味がのった時期に摘採した品種茶「おくひかり」。爽快な渋みと独特の香りが特徴です。

ほうじ茶

原料につちや農園の上質な一番茶のみを使用したほうじ茶です。浅炒りにすることで品質を活かした上品な香味になっています。

インタビュー:天空の川根茶園の手摘み茶の魅力と世界農業遺産に認定された茶草場農法

つちや農園の土屋裕子さんにお話を伺いました。


つちや農園の手摘み茶へのこだわり

–手摘み茶について教えてください。

手摘み茶とは、機械を使用せず人が手で摘み採ったお茶の芽を原料として製造したお茶の事です。

–機械で摘むのと手で摘むのとではどのように違うのですか?

お茶の芽を全て均一に育てることはできません。育ちの早い芽があれば、まだ生え始めて間もない小さな芽もあります。

機械で収穫するという事は、短時間で効率よく収穫はできますが、柔らかい新芽の部分に硬い茎や葉が混ざったり、丈の短い新芽は刈り取られずに残ってしまいます。また刃物があたるのでその部分の酸化が早いのです。

しかし、手で摘むのであれば茶の芽を揃えて収穫することが出来ますし、傷もつかないので酸化もしにくいわけです。人も時間もかかりますが、収穫量も品質もあがります。

–手で摘むというのは原料の質を均一に揃えるように収穫出来るという事なのですね。何故そうする必要があるのですか?

原料の生葉が揃っていれば、製造で効率よく良いお茶に仕上がるからです。例えばお茶を作る工程では最初に蒸かしという作業をします。収穫した茶の芽に蒸気をあてて発酵を止めるのですが、茶の芽の質が揃っていなかった場合、蒸気(熱)を均一に通すことが出来ません。

硬い芽の部分に蒸気が通るように蒸し時間を調整すれば、柔らかい芽の部分は火が通り過ぎてしまいます。逆に柔らかい芽の部分に合わせれば硬い部分には火が通り切りません。蒸し工程で、お茶の芽に均一に蒸気を通す為には品質が揃っている必要があるのです。

–ステーキの焼き加減と似た原理ですね。分厚い肉と薄い肉を同じ鉄板の上で同じ時間焼けば、どちらかが火が通らない、もしくは炭になってしまいますからね。

手で摘んだお茶を原料とするからこそ、畑で丹精したお茶の特性を十分引き出すことが出来るのです。

つちや農園

つちや農園で作られる品種のお茶とは

お茶は大まかに3つの品種に分けることが出来ます。お茶の品種の「やぶきた」を基準に、早くに収穫できる早生品種(わせひんしゅ)遅い収穫期の「晩生品種」(ばんせいひんしゅ)、やぶきたと同じ収穫期の中生品種にわけられます。

このつちや農園は標高が600メートルあります。冬から春先の気温が低く、早生品種が育つには環境が向いていません。ですから、つちや農園では「さえみどり」などの早生品種は栽培していません。

しかし質の良い晩成品種は出来ます。晩生品種は生育のスピードが遅いので、この土地の気候にも合っています。収穫する茶の芽が出てくる頃に寒さも一段落しているので霜に合いにくいのです。

そういう意味でも私達は中生から晩生品種のお茶を選んで栽培しています。つまり、山のお茶は平地のお茶に比べて収穫時期が遅いのです。

つちや農園のお茶が全量小売りの理由

–何故つちや農園のお茶は小売りのみなのですか?

一般的に毎年4月から新茶の時期に入り、茶農家は新茶の収穫に入ります。収穫したお茶は茶市場に持ち寄られ、集まったお茶には仲介業者や茶問屋により価格が付けられます。

日本人はよく、‘初物好き’と言いますが、昔から食に旬を取り入れることで健康祈願をしたり、粋と言われたりしてきました。お茶は昔から農作物(加工品ではなく)として扱われてきましたから、やはりその旬が求められてきたのです。

八十八夜のお茶を飲むと長生きすると言われ、その時期のお茶が昔からもてはやされたのだと思います。その初物好きに後押しされてか、市場では早いものに価値がおかれるようになったことで、収穫期の遅い山間地のお茶は新茶商戦には乗り遅れてしまうようになったのです。

つちや農園は川根の中でも標高が高く、南部の平地よりも新茶時期が2週間ほど、町内でも麓と比べると1週間は遅いので、市場の流通に乗せるのでは、ここで作っている価値や品質が、市場価値とずれてしまうので、市場には出していません。ここの価値を分かっていただける方に届けたいという思いで全量を小売りしています。

世界農業遺産に認定された茶草場農法

–世界農業遺産に認定された茶草場農法について教えてください。

茶草場農法とはススキなどの干した山の草を利用して、土作りや茶の木の保温や保湿をする農法です。

–茶畑の間に差し込むように入れてある、このススキがそうなのですか?

はい。毎年11月頃に干したススキをこうして敷き詰めて入れていきます。冬場には茶樹の根を保温保湿する役割を果たしてくれるのです。春には日陰を作る屋根となり雑草が生えるのを防いでくれるので除草剤も使わなくて済みます。こうして徐々にススキは腐食し、約1年かけて土に還っていきます。

昔はこの地域は林業も盛んで、杉や桧を伐採した跡地には、ススキなどが生えてくるのです。私達は10月頃にそのススキを刈り取り、しばらくの間干して乾燥させます。刈って干すからなのか、カヤを干すからか定かではないですが、昔からこの辺りでは(方言で)これを「カッポシ」と言ってたんです。

「茶草場農法」なんて言うよりも「カッポシ」のほうが馴染みがありますね。こうして茶草場農法の準備に入ります。

–干したススキを入れておくだけなのですか?

そうですよ。生のススキではすぐに腐食してしまいますから干したススキを長いまま用いています。長いまま敷くのは、冬の寒さや乾燥が厳しい山間地ならではだと思います。

土作りのためだけでなく、入れてから1年かけて、冬の乾燥防止や保温効果、肥料の流亡防止、除草などいろいろな役割を果たしながらゆっくり土に還るには長いままのほうがいいんです。

こうした自然サイクルを利用した農法は、良いお茶を作る為にずっと当たり前に続けてきたことなのです。それに「茶草場農法」という名前が後付けされただけなんですよ。

–とても良く考えられた先人の知恵なのですね。

こんな山奥ですから、昔は資材や肥料を買いにいくことなんかできなかったんですね。たとえ買いに行けたとしても、車もない時代、人力でここまで運んでくるのはとても大変ですから、資材も肥料もほとんど身の回りにあるものを利用していたわけです。

敷き草もそのひとつです。今は便利な時代で良い肥料もたくさんありますし、土壌改良も科学的にできます。運搬も楽にできます。畑も機械化されて自然仕立てを手摘みするような農家も減りましたから、山から草を刈って畑に入れるような地味な作業に時間をかける人はほとんどいなくなりましたね。

–今もつちや農園がこの農法を続けているのには理由があるのですか?

肥料や農薬がいくら良いものがあっても、それ自体が保温や保湿になるものはないです。それに農家として作物を作る以上、良いものを作りたいと思っています。

そのために古くなった茶園の改植は積極的におこなっています。幼木園が成園に育つまでは敷き草は絶対に必要です。茶作りは子育てと同じ、手をかけてあげないと。

それから世界農業遺産認定となって、生物多様性など周辺の環境保全にも繋がっていたことが分かりました。山間地農業のあるべき姿、というか環境に負荷をかけず、自然を守りながらこその農業が時代に合った価値ある農業の形だろう、と思ってるんです。

▲つちや農園のお茶の小売りスペースには、茶草場農法のポスターに並んでSDGS(持続可能な開発目標)のボードが置かれている

毎日が自然との闘い

自然環境に優しい茶草場農法ですが、困ったこともあります。草をいれた畑の土は有機質が高いのでミミズもたくさんが育つのですが、そうするとそのミミズを食べにイノシシがやってきます。そのせいで茶畑を荒らされてしまって大変ですよ(笑)

–イノシシがやってくるのですか?

イノシシだけではなく鹿もやってきます。

–ここに鹿の食料になるようなものがあるのですか?

古葉を食べに来るのです。古葉とは光合成を行い地面から栄養分を吸い上げて新芽を育てる役割をします。つまり良い古葉がないと良いお茶の芽は出来ないのです。その古葉を鹿が食べてしまうので、こちらとしてはたまったものではありません。

–仕事場をイノシシや鹿に荒らされるのですか。一般には想像し難いことです。

私達の毎日はそういった事との闘いですよ(笑)


関連記事:樽脇園が目指すお茶の新しい価値を創る天空のオーガニックティーファクトリー【静岡県・川根茶】

つちや農園の情報・購入方法

住所 〒428-0312静岡県榛原郡川根本町水川972
ホームページ http://www.tsuchiya-nouen.com/
電話番号 0547-56-0752
電子マネー・カード決済 なし
営業時間 問い合わせください
定休日 不定休
駐車場 少数台
アクセス 最寄り駅: 大井川鐵道・駿河徳山駅より車で約25分

 

この記事を書いた人 Norikazu Iwamoto
経歴  「静岡茶の情報を世界に届ける」を目的としたお茶メディアOCHATIMES(お茶タイムズ)を運営。お茶タイムズが世界お茶祭りHP、静岡県立大学茶学総合研究センターHP、農林水産省HPで紹介。静岡県副県知事と面会。2021,2022静岡県山間100銘茶審査員を務める。地元ラジオやメディアに出演経験あり。

 

英訳担当 Calfo Joshua
経歴 イギリス生まれ育ち、2016年から日本へ移住。静岡県にてアーボリカルチャーを勉強しながら林業や造園を務めています。カルフォフォレストリーを運営。日本の自然を楽しみながら仕事することが毎日の恵み。自然に重点を置く日本の文化に印象を受けて大事にしたいと思ってます。

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